名古屋地方裁判所 昭和55年(ワ)3458号・昭56年(ワ)504号 判決
原告
石井吉子
被告
有限会社川口商会ほか
【主文】
一、原告と被告ら間の当庁昭和五五年(手ワ)第四七三号事件について、昭和五五年一二月二三日言渡された手形判決はこれを取り消す。
二、原告の請求をいずれも棄却する。
三、訴訟費用は原告の負担とする。
【事実】
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告に対し、被告らは各自金五一五万円及びこれに対する昭和五五年六月六日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は別紙手形目録記載の裏書の連続する約束手形(以下本件手形という)一通を現に所持している。
2 被告有限会社鈴村工業所(以下被告鈴村工業所という)は本件手形を振り出し、被告有限会社川口商会(以下被告川口商会という)、被告藤田良治は拒絶証書作成義務免除のうえ、右手形に各裏書をなした。
3 本件手形は支払呈示期間内に支払場所において支払のため呈示されたが、支払拒絶がなされた。
4 よつて原告は被告らに対し各自、本件手形金五一五万円及びこれに対する支払期日の翌日である昭和五五年六月六日から支払済まで手形法所定年六分の割合による利息金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
認める。<以下省略>
【判旨】
二そこで抗弁につき検討する。
甲第三号証の「進和工産株式会社代表取締役藤田良治」の記名印(被告藤田良治はこの真正を認めている)との対照によりその記名印が同一の印章によるものであると認められることと<証拠>によれば、被告鈴村工業所代表取締役鈴村芳枝は、その経営を被告藤田良治に委ね、被告鈴村工業所の手形用紙、印鑑等を被告藤田良治に渡して本件手形の振出を一任したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
而してかような事実関係の下において被告鈴村工業所、被告藤田良治が共同訴訟人(被告)となつている本件のような場合、抗弁1及び2記載の主張については被告鈴村工業所において明示的に主張若しくは援用をしていなくとも、同被告において少なくとも黙示的に援用をなしているものと解すべき(その抗弁内容に照らしても、これにより原告の攻撃防禦に支障をもたらすものでもない)ところである。
従つて、被告ら三名の共通の主張として、抗弁1及び2につき検討を進める。
三<証拠>によれば、被告藤田、同川口商会は(被告鈴村工業所は前叙のとおり被告藤田に一任)、被告鈴村工業所の資金繰のために同被告において本件手形を振り出して他から割引してもらう方法で融資を受けることを考え、被告川口商会、同藤田において本件手形に裏書したうえ、割引の依頼を訴外岡山正夫になしたところ、同訴外人はさらに訴外石川有松に対し、本件手形が手形割引の方法により融資を受けるためのものであることを話して割引依頼し、本件手形を訴外石川有松に交付したことが認められる。従つて、訴外石川有松において手形割引による金員を被告らに交付できないときには本件手形を返還しなければならないことは同訴外人と訴外岡山との間では当然の前提になつていたものと解することができ、右の認定を左右するに足る証拠はない。
そして右認定の事実に<証拠>を総合すると、訴外石川有松は税理士であり、被告鈴村工業所の同族会社である訴外進和工産株式会社(以下訴外進和工産という)の監査役を勤め、同被告及び同訴外会社の経理面に関与していたが、昭和五四年一一月頃、原告に対し、訴外進和工産のための資金として借財を求め金一〇〇万円を借り受けて以降、同様にして同年一二月金一〇〇万円を、また昭和五五年一月末金三〇〇万円を原告から各借り受けたこと、右借受に際し、原告は訴外石川有松から訴外進和工産振出の手形、あるいは被告鈴村工業所振出の手形及び同被告の名古屋市下水道局工事請負代金の取立委任状を受け取つたが、右手形が不渡となるなどして返済を受け得なかつたため、昭和五五年四月当時、訴外石川有松に対し、その弁済を強く求めていたこと、訴外石川有松は昭和五五年五月上旬、本件手形を受け取ると、自ら裏書したうえ、四箇所程に割引を求めたが、これに応じてくれるところがなかつたことから、原告方に本件手形を持参して赴き、適当な融資先から割引を受け金を作つて欲しいと述べて割引依頼をなし(訴外石川有松においてその際、被告らから割引依頼を受けており割引による融資を受け得ないときは本件手形を返還することになつている旨の事情を原告に説明した事実はこれを認めるに足る証拠はない)、本件手形を原告に交付したこと、ところが、原告は前記のとおり訴外進和工産若しくはこれと実質的に一体をなすものと考えていた被告鈴村工業所の資金融通のためと言うことで、訴外石川有松に計金五〇〇万円の貸付をなしていたことから、右依頼の趣旨に従つて割引にまわすようなことはせず、本件手形は右貸金債権の弁済のために交付されたものであると主張して訴外石川有松の本件手形返還の申出に応じなかつたこと、以上の事実を認めることができる。
原告本人尋問の結果中には訴外石川有松が「この手形は間違いのない手形だからこれを割つてこれまでの借金の返済に充ててくれ」と言つて本件手形を持参したので、原告はこれを信用し、割引にまわすまでもなく、被告鈴村工業所から確実に支払を受けうる手形と考えて本件手形を受け取つた旨の供述があるけれども、前記認定のとおり、訴外進和工産若しくはこれと一体をなすものと考えていた被告鈴村工業所振出の手形はそれまでに不渡になるなどして結局決済できなかつたのであつて、本件手形に限つて被告鈴村工業所から確実に支払を受けられるものと信用したことは不自然であるのみならず、前記認定の事実及び証人石川有松の証言に照らすと、訴外石川が原告に述べたのは「この手形を割つて金を作つて欲しい。そうすればこれまでの借金の返済にも一部充てることができるから。」との趣旨にとどまるものと言うほかないから、右供述部分はそのまゝ措信することはできず、他に前記認定の事実を覆すに足る証拠はない。
そうすると本件手形は被告らによつて割引の方法で融通を得ることを目的として訴外石川有松に預けられ、さらに同訴外人は割引依頼を目的として原告に本件手形を預けたものであつてそれぞれ割引によつて得た金に相当する金員を現実に前者に交付すれば手形上の権利を確実に取得することになる一方、割引によつて得た金員相当額を前者に交付しない限り、本件手形を前者に返還すべき関係にあるものと言うべく、結局右割引によつて得た金員相当額を前者に交付していないことが明らかである本件においては、原告は訴外石川有松に、同訴外人は被告らにそれぞれ本件手形を返還すべき立場にあることになる。
而して右のような事実関係のもとにおいては、原告は本件手形の支払を求める何らの経済的利益を有しないから、訴外石川有松に対する被告らの人的抗弁切断の利益を享受し得ず、被告らは訴外石川有松に対し手形債務の履行を拒みうる前記の事由をもつて、原告に対抗し、本件手形上の請求を拒みうるものと解するのが相当である。
してみれば、被告らの抗弁2の主張はこれを肯認することができ、結局原告は被告らに対し本件手形上の権利を行使し得ないものと言うべきである。
四以上の次第で原告の本訴請求はいずれも理由がないことに帰着するから棄却すべきところこれと結論を異にする主文掲記の手形判決はこれを取り消すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。 (金馬健二)